オイルショックと株式市場|1970年代の株価下落とスタグフレーションをわかりやすく解説

1973年と1979年のオイルショックは、原油価格の急騰を通じて、世界の株式市場に強い下押し圧力を与えました。

これは単に「石油が高くなったから株が下がった」という単純な話ではありません。
エネルギー価格の上昇が企業コストを押し上げ、物価全体を刺激し、さらにインフレを抑えるための金融引き締めが景気を冷やす。

そうした連鎖のなかで、株式市場は企業収益の悪化と金利上昇の両方にさらされたのです。

とくに1970年代の世界経済を特徴づけたのが、景気後退とインフレが同時に進むスタグフレーション。この局面では、企業も投資家も政府も先行きを読みづらくなり、市場の混乱は短期では終わりませんでした。

この記事では、オイルショックが株式市場にどのような経路で打撃を与えたのかを整理しながら、米国株、欧州株、日本株の動き、そしてスタグフレーションとの関係までをわかりやすく見ていきます。

まず、オイルショックそのものの全体像や原因、日本で何が起きたのかを先に整理したい方は、こちらもあわせてどうぞ。

目次

なぜオイルショックで株式市場は下がったのか

オイルショックで株式市場が下がった理由は、原油価格の上昇が経済全体に連鎖し、企業収益・景気・金利・投資家心理のすべてに悪影響を与えたからです。

石油は当時の世界経済にとって、今よりもずっと基幹的なエネルギーでした。
輸送、製造、電力、暖房、石油化学まで幅広い分野が石油を前提に動いていたため、原油価格の急騰はほぼあらゆるコストを押し上げました。

企業から見れば、仕入れも物流もエネルギーも高くなる。
家計から見れば、物価が上がって購買力が落ちる。
政府や中央銀行から見れば、インフレを抑えるために金利を上げざるを得ない。

こうして、株式市場には複数の下押し要因が同時にかかりました。

つまり、オイルショックはエネルギーの問題であると同時に、企業利益の問題であり、金融政策の問題であり、そして市場心理の問題でもあったのです。

1970年代の世界経済はどう変わったのか

1970年代の世界経済は、二度のオイルショックを通じて大きく変質しました。
戦後の高度成長期には「安価なエネルギー」が当然の前提になっていましたが、その前提が崩れたことで、先進各国はインフレと景気後退が同時に進む苦しい局面に入っていきます。

まず起きたのはインフレの加速

第一次オイルショックは1973年10月の第四次中東戦争をきっかけに始まりました。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)が禁輸や減産に踏み切り、原油価格は短期間で大きく跳ね上がります。

このエネルギー価格の上昇は、ガソリンや灯油だけにとどまりません。輸送費、電力コスト、原材料コストが連鎖的に上がり、最終的には幅広いモノやサービスの価格に波及しました。

米国では1974年の消費者物価上昇率が11%に達し、日本でも1974年の消費者物価上昇率は20%台前半に達するなど、異例の物価上昇が起きました。

第二次オイルショックは1979年のイラン革命を発端としており、これも原油価格の大幅な上昇を招きました。ただし、こちらは第一次のような一撃の市場ショックというより、インフレの高止まりと金融引き締めの強化を通じて、株式市場に重い圧力をかけた面が大きいです。

インフレを抑えようとすると景気が冷えた

物価上昇が深刻になると、中央銀行はインフレ抑制のために金利を引き上げます。ですが、金利が上がれば企業の借り入れコストは増え、設備投資や消費は弱くなります。景気には当然マイナスです。

つまり1970年代に起きたのは、インフレを抑えようとすると景気が悪くなり、景気を支えようとするとインフレがさらに悪化しやすい、かなり扱いにくい状況でした。

この構図が、後にスタグフレーションと強く結びついて語られるようになります。

世界の株式市場はどう反応したのか

オイルショックに対する世界の株式市場の反応は、国や地域によって差はありましたが、方向としては共通して厳しいものでした。エネルギーコストの上昇、企業収益の悪化、物価上昇、金融引き締め、景気後退懸念が重なり、株価は大きく押し下げられます。

米国株は1973年から1974年にかけて大きく下落した

米国のダウ工業株30種平均は、1973年初の高値圏から下落し、1974年12月には大きく水準を切り下げました。高値から安値までの下落率は4割台半ばに達します。

この局面では、原油高による企業コストの上昇に加え、インフレ抑制のための金融引き締めが重なり、企業業績の見通しが急速に悪化しました。

S&P500も同時期に大幅下落しており、1970年代の米国株は、名目では持ち直す局面があっても、インフレを考慮した実質ベースではかなり厳しい時代でした。

欧州株も深刻な打撃を受けた

欧州でも株式市場は強く売られました。とくに英国では、FT30指数(※)が1972年の高値から1974年末から1975年初にかけて約7割下落したとされ、戦後の英国市場でも大きな下落局面のひとつとして知られています。

このときの英国は、オイルショックだけでなく、国内のインフレ、労働争議、週3日操業制などの問題も重なっていました。

つまり、エネルギー危機が単独で市場を壊したというより、もともと不安定だった経済と政策環境の上に、さらに強いショックが乗ったという感じです。

西ドイツ、フランス、イタリアなどでも株価は下落し、エネルギー輸入への依存が高い経済ほど、原油高の重みが市場にのしかかりました。

※FT30指数:FTSE100が登場する前に英国市場の代表指標として見られていた、30銘柄からなる主要株価指数のこと

日本株はどう動いたのか

日本は資源に乏しく、石油の多くを輸入に頼っていました。そのため、オイルショックは実体経済だけでなく、株式市場にも強い打撃を与えました。

第一次オイルショックで日本株は大きく調整した

日経平均株価は、1973年初の高値である5,200円台から、1974年には3,300円台まで下落しました。下落率で見れば3割台後半に達しており、日本株もかなり大きな調整を経験したことになります。

ただし、日本株の下落はオイルショックだけで説明できるものではありません。背景には、ニクソン・ショック後の為替環境の変化や、列島改造ブームのもとで過熱していた景気の反動もありました。

つまりオイルショックは、日本経済に突然ゼロから打撃を与えたというより、すでに歪みを抱えていた経済に急ブレーキをかけてしまった出来事だと見たほうがよいでしょう。

第二次オイルショックでは影響の出方が少し違った

1979年の第二次オイルショックでも、日本経済と市場には当然重い圧力がかかりました。ただし、第一次のような単純で急激なパニック局面とはまた異なっています。

第一次の経験を経て、日本企業は省エネルギーや効率化を進めており、政策対応や企業行動もある程度は変わっていました。そのため、第二次オイルショック後の市場への影響は、第一次とは出方が異なっていたのです。

株価だけでなく、投資家心理も揺れた

オイルショック局面で市場を不安定にしたのは、数字に表れる悪化だけではありませんでした。むしろ、先行きが見えないことの方が影響が大きいものでした。

原油価格がどこまで上がるのか。
企業収益はどこまで悪くなるのか。
金利はさらに上がるのか。
景気後退はどこまで深くなるのか。

こうした見通しの立たない局面では、投資家はどうしても目先のニュースや周囲の動きに振り回されやすくなります。

日本では、生活の現場で買い占めや品薄不安が広がりましたが、株式市場でもそれに近い空気がありました。先の見通しが立たないから、とりあえず売っておこう、いったん手を引いておこう、という取引が多かったのです。

オイルショックは、実体経済の悪化と市場心理の冷え込みが重なりながら、株価を押し下げていった局面でもありました。

オイルショックとスタグフレーションの関係

スタグフレーションとは、景気停滞とインフレが同時に進む状態のことです。1970年代のオイルショックは、このスタグフレーションを世界的に強く意識させた出来事として知られています。

石油価格が急騰すると、企業のコストは増え、物価は上がります。

一方で、家計の実質購買力は落ち、企業の利益も圧迫されるため、景気は弱くなります。ここにインフレ抑制のための金融引き締めが加わってしまうことで、景気はさらに冷え込みます。

この状態が株式市場にとって厄介なのは、企業収益の悪化と金利上昇が同時に起きることです。企業業績は悪くなるのに、割引率は上がる。株価にとってはダブルパンチです。

さらに、高インフレ局面では、名目上の株価が戻っても、実質ベースでは資産価値が目減りしていることがあります。
1970年代の株式市場が「数字の印象以上につらい時代」だったのは、このためでもありました。

オイルショックが株式市場に残した教訓

オイルショックが株式市場に残した教訓は、かなりはっきりしているかもしれません。

ひとつは、エネルギー価格の急変は、それ単体で終わらないということです。原油高は企業コスト、消費、物価、金利、景気、そして市場心理に、順番にダメージを与えていきます。

もうひとつは、株価の下落は必ずしも「その日のニュース」だけで決まるわけではないという点です。市場は、今起きていることだけでなく、その先に起きそうな金融引き締めや景気悪化まで先回りして織り込んでいきます。

そう、オイルショック局面の株式市場は、原油価格だけで動いていたわけではないのです。インフレの加速、中央銀行の引き締め、景気後退への懸念、そして市場心理の悪化が重なって、下落圧力が強まっていきました。

まとめ

オイルショックが株式市場に与えた影響は、単なるエネルギー価格上昇にとどまりません。インフレ・金利・景気・投資家心理が連鎖的に崩れたことが、株価下落を深くした要因でした。

第一次オイルショックでは、米国株、欧州株、日本株がそろって大きく下落しました。
第二次オイルショックでも市場には重い圧力がかかりましたが、こちらはインフレの高止まりと金融引き締めを通じて、じわじわと相場を圧迫していったという側面がありました。

1970年代の経験が今も示唆的なのは、エネルギー価格の急変が、単なる資源問題では済まず、金融市場と人々の行動を同時に不安定化させるからです。

だからこそ、オイルショックは過去の特殊な事件では終わらないのです。エネルギー価格の変化が市場全体へどう波及するのかを考えるうえで、今もなお、このことを知っておこうとすることに意味があります。

原因や日本経済への影響を詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてどうぞ。

金融史を読んでいると、通貨や金利の話は過去の出来事ではなく、いまの為替市場にもそのままつながっているとわかってきます。現代の相場を実際に見てみたい人は、こちらの記事もどうぞ。

参考資料

  • Federal Reserve History, Oil Shock of 1973-74
  • Federal Reserve History, The Great Inflation
  • Federal Reserve History, Recession of 1981-82
  • U.S. Bureau of Labor Statistics, Historical CPI-U
  • Nikkei Indexes, Historical Data
  • Financial Times, The rollercoaster ride of Britain’s financial markets
  • Hamilton, James D. (1983). Oil and the Macroeconomy since World War II. Journal of Political Economy, 91(2), 228–248.
  • Barsky, Robert B., and Lutz Kilian (2004). Oil and the Macroeconomy Since the 1970s. Journal of Economic Perspectives, 18(4), 115–134.

本記事は投資に関する一般的な考え方や情報を解説するものであり、特定の投資行動を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任にてお願いいたします。詳細は免責事項をご覧ください。

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