ミドリ電化はなぜ消えた?エディオンへの統合と店名変更、その後は?

ミドリ電化は、兵庫県尼崎市で生まれ、近畿地方を中心に展開していた家電量販店です。

そんな「ミドリ」の看板が「エディオン」に変わったのは、
2012年にエディオンが店舗ブランドを統一した時でした。

運営していた株式会社ミドリ電化は、それより前の2009年に吸収合併されましたが、
店舗では引き続き「ミドリ」の名前が使われていました。
その後、店名が「エディオン」に変更され、事業や一部の店舗は現在も引き継がれています。

【結論】

  • 終了時期:旧株式会社ミドリ電化は2009年10月1日に吸収合併。店舗ブランド「ミドリ」は2012年10月1日に直営店を中心として「エディオン」へ変更された。
  • 終了形態:法人の吸収合併と店舗ブランドの名称変更。全店舗が一斉に閉店したわけではない。
  • 消えた理由・背景:エディオンが複数の店舗ブランドを統一したため。公式説明としては、顧客の利便性向上、重複費用の削減、経営効率の向上などが目的とのこと。
  • その後:事業はエディオンに引き継がれ、旧ミドリ店舗の一部は現在もエディオンとして営業している。
目次

ミドリ電化の主な歩み

まずは簡単に、流れを年表で見てみましょう。

年月出来事
1957年11月兵庫県尼崎市で「みどり電気店」として創業
1961年8月株式会社ミドリ電化社を設立
2005年4月エディオンの完全子会社となる
2006年度中部地区の11店舗がエイデンへ事業譲渡される
2009年10月株式会社ミドリ電化が吸収合併される。店舗名は存続
2010年10月エディオンWESTなどが株式会社エディオンに吸収合併される
2012年10月直営店を中心に「ミドリ」から「エディオン」へ店名変更
2026年10月時点一部の旧ミドリ店舗がエディオンとして営業

ミドリ電化はどんな家電量販店だった?

ミドリ電化は、1957年11月に兵庫県尼崎市で開業した「みどり電気店」から始まりました。
創業者の安保詮氏が、電気製品の修理を主体とする個人商店として始めたものです。

1961年には「株式会社ミドリ電化社」を設立し、1978年に「株式会社ミドリ電化」へ商号を変更。
その後、近畿地方を中心に店舗を展開する家電量販店チェーンとなりました。

ミドリ電化が扱っていたのは、テレビや冷蔵庫などの家電製品だけではありません。

1996年には家具の取り扱いを開始しました。
2005年当時のエディオンの事業報告書では、
家具・インテリア、玩具、CD・DVD、テレビゲームなども扱う企業として紹介されています。

家電製品の販売に加え、アフターサービスにも取り組んでいました。
電気製品の修理店として始まったミドリ電化は、
長い年月をかけて、家電から生活関連商品まで扱うチェーンへと事業を広げていったのです。

エディオンの傘下で統合が進められる

2005年にエディオンの完全子会社となる

2005年4月1日、ミドリ電化は株式交換によってエディオンの完全子会社となりました。
このエディオンは、複数の家電量販店を傘下に持つグループです。
当時のエディオンの資料には、共同仕入れやオリジナル商品の共同開発などの取り組みも記されています。

店舗ブランドについても、一部地域では早くから変更が行われました。
エディオンの2007年6月の事業報告書によると、
2006年度には中部地区のミドリ電化11店舗が同じグループに属するエイデンへ事業譲渡されました。
これらの店舗は「エイデン」として再出発しています。

正式に、全国規模でブランド統一が行われたのは2012年なのですが、
地域によってはそれよりも早くミドリの店名が別のブランドへ変わっていたようです。

2009年に会社は吸収合併、それでも「ミドリ」の店名は存続

2009年8月3日、エディオンは子会社のデオデオとミドリ電化を合併すると発表しました。

この合併によって物流やサービス網の効率化、調達の一元化、
重複する組織の一本化などを進める方針が示されています。

同年10月1日、株式会社ミドリ電化はデオデオに吸収合併され、法人としての歴史を終えました。
合併後のデオデオは「株式会社エディオンWEST」に商号を変更します。

ですが、2009年8月の公式発表では、
既存のデオデオとミドリ電化の店舗名は変更しないと明記されていました。
ゆえに、会社としてのミドリ電化がなくなった後も、店舗では「ミドリ」の看板が残っていたのです。

さらに2010年10月1日には、エディオンWESTやエディオンEASTが株式会社エディオンに吸収合併され、
事業会社が一本化されました。

このように2005年のグループ加入から2010年までに運営会社の統合が進みましたが、
店舗ブランドの統一はまだ行われていませんでした。

法人合併後も続いた「ミドリ」としての店舗展開

会社の統合が進んだ後も、「ミドリ」という名前での店舗展開は続いていました。

2010年3月には、近畿地区で小型フランチャイズ店「ミドリ・ファミリー・ショップ」の展開が始まり、
同年4月には「ミドリ」のストアロゴが変更されています。
新規出店も行われていました。

エディオンの2012年3月期決算説明会補足資料によると、
次の店舗が「ミドリ」の名称で開店したことがわかっています。

  • 2011年4月:ミドリあべのキューズモール店
  • 2011年11月:ミドリ寺町店
  • 2011年12月:ミドリベルファ都島店
  • 2011年12月:ミドリ和田山店
  • 2012年3月:ミドリ北大路ビブレ店

そう、2009年に法人が吸収合併された後も、新しいロゴの導入や「ミドリ」名義での出店が行われていたのです。

ですが、ついに2012年5月。
エディオンはグループ内に残っていた複数の店舗ブランドを統一する方針を発表しました。

ミドリ電化の店名はなぜ消えた?2012年のブランド統一

とうとうその日がやってきました。

2012年5月11日。
エディオンは「ストアブランドの統一および新ブランドマーク導入のお知らせ」を発表しました。

それまで地域ごとに使われていた「デオデオ」「エイデン」「ミドリ」「イシマル」の店舗ブランドを、
全国統一ブランド「エディオン」へ変更するという内容です。

エディオンは、会社設立10周年を機にブランドを統一すると説明し、
その目的として次のような点を挙げています。

  • 顧客の利便性向上
  • 従業員の一体感向上
  • ブランドごとに発生していた重複費用の削減
  • 経営効率の向上

2012年3月末時点で、統一対象となる直営家電店は317店舗とされていました。
※ただし、これはミドリ電化だけの店舗数ではなく、複数のブランドを合わせた数字です

同年10月1日、直営店を中心に店名が「エディオン」へ変更されました。

ただ、実際の看板の切り替えは、それより前から進められていた店舗もあります。
たとえば、大阪府枚方市では、2012年9月17日に国道1号線沿いのミドリの看板がエディオンへ変わったようです。

なお、2012年の変更は直営店が中心であり、フランチャイズ店の場合は対象外の店舗もありました。

ミドリ電化の店舗と事業はその後どうなった?

「ミドリ」の店名が変更された後も、事業はエディオンに引き継がれました。

確かに、法人としての株式会社ミドリ電化は2009年に吸収合併され、
2012年には主要な直営店から「ミドリ」の看板もなくなりました。

それでも、長年展開してきた家電販売事業や一部の店舗は、現在のエディオンへ引き継がれています。

FAQで要点整理

ここまでの内容をFAQ形式でまとめていきます。

ミドリ電化はどんな店だった?

ミドリ電化は、兵庫県尼崎市で1957年に創業し、近畿地方を中心に展開していた家電量販店です。

家電製品のほか、家具・インテリア、玩具、ゲームなども扱っていました。

ミドリ電化はなぜなくなった?

2012年にエディオンが店舗ブランドを統一したためです。

エディオンの説明によると、
顧客の利便性向上や重複費用の削減、経営効率の向上などを統一が目的とされています。

ミドリ電化は倒産したの?

旧株式会社ミドリ電化は、倒産によって店舗を一斉閉鎖したのではなく、
2009年10月1日にデオデオへ吸収合併されました。

合併後も「ミドリ」の店舗名は残り、営業が続けられていました。

ミドリ電化の店名はいつ消えた?

2012年10月1日に、直営店を中心として「エディオン」へ変更されました。

ただし、フランチャイズ店を含むすべての店舗から「ミドリ」の名称がなくなった正確な最終日は確認できていません。

ミドリ電化の店舗は今どうなっている?

ミドリ電化の事業はエディオンへ引き継がれ、
一部の旧店舗は現在もエディオンとして営業しています。

旧ミドリ天満橋店や旧ミドリイオン神戸北店にあたる店舗が、
エディオンの公式店舗情報に掲載されています。
※2026年10月時点

あとがき

「ミドリ」と聞いて思い浮かべるものは、人によって違うかもしれませんね。

文房具の「MIDORI」を思い出す人もいれば、かつての「ミドリ十字」、
そしてこの記事で解説してきた家電量販店の「ミドリ電化」。

もちろん、それぞれまったく別の企業やブランドです。
でも、同じ名前が人によって違う記憶につながっているというのは、なんだか面白いですね。

出典・参考資料

一次資料

二次資料

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