かつて街の中に、「ニコマート」という名前のコンビニがありました。
これは、1990年代初頭には470店前後を展開する規模まで成長していたとされています。
ニコマートが消えた大きな理由となったのは、1993年6月の本部会社の経営破綻です。
連続不渡りを出して銀行取引停止となり、1995年4月には東京地方裁判所から破産宣告を受けたのです。
尚、今回は一次資料だけでは到底足りなかったため、当時の報道などの二次資料も多いです。
【結論】
- 本部会社は1993年6月に事実上倒産。1995年4月に東京地裁から破産宣告を受け、終了。
- 本部の経営破綻後、加盟店や地域本部が複数のチェーンや運営形態へ分散した
- ニコマート全体が一社に買収されて名称変更したわけではない
- 旧ニコマート自身が倒産理由を具体的に説明した公式資料は確認できず。
- 急速な事業拡大、多角化、長崎屋との提携解消後の資金調達悪化などが当時の報道等で指摘されている
- そのあとはJマート、ミニショップ、ジャストスポットなどへ分かれ、一部の系統は後にポプラやローソンにつながった。台湾の系統は2007年に台湾ファミリーマートへ統合された。
年表で見るニコマートの歴史
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1980年 | 株式会社ニコマートが設立され、同年に東京都江東区で1号店を開いたとされている |
| 1990年代初頭 | 470店前後を展開する規模に成長 |
| 1992年 | 長崎屋との業務提携が解消されたとされる。 その後の資金調達悪化を帝国データバンクが取り上げている |
| 1993年6月 | 連続不渡りを出し、銀行取引停止。事実上の倒産 |
| 1993~1994年 | 旧加盟店などが別の運営体制へ移行。Jマート、ミニショップなどへの看板変更が進む |
| 1995年4月 | 株式会社ニコマートが東京地方裁判所から破産宣告を受けたとされる |
| 1998年4月 | ポプラが「ジャストスポット」73店舗を展開していたパスコリテールを買収 |
| 2007年 | 台湾で福客多157店舗が台湾ファミリーマート側へ統合される |
| 2008年 | 新鮮組・ジャストスポット計45店舗が順次ローソンへ転換 |
| 現在 | 旧全国チェーンとしてのニコマートの営業は確認できない。また、兵庫県淡路市には同名の「株式会社ニコマート」が存在するが、旧チェーンとの承継関係は確認できない。 |
1980年に始まり、1990年代初頭には470店前後へ
ニコマートは1980年に始まったコンビニチェーンです。
『流通会社年鑑 1986年版』を原典とする資料によると、
株式会社ニコマートは1980年4月に設立され、
同年6月に東京都江東区で1号店を開いたとされています。
1990年代初頭の頃には、店舗数は470店前後には達していたようです。
※明確にわかる公式資料はない。475店舗とするもの、468店舗とするものがあるが、集計タイミングが異なる。
ただ、当時のニコマートが数百店規模まで広がった中堅コンビニチェーンだったことは確かなようです。
事実、『いま独立するならコンビニ店がいちばんいい―ニコマートで成功した』(1993年刊行/関幸雄)という書籍もあるぐらいですから。
ところが、その急成長から間もなく、会社の資金繰りは厳しい局面に入ります。
1992年から資金繰りが悪化し、1993年に本部が破綻
経営破綻までの経緯については、帝国データバンクの資料からとなります。
帝国データバンク情報部の『会社はこうして潰れていく―平成の企業倒産』では、
ニコマートを扱う章に「一流企業との業務提携解消で資金パイプ細り、経営逼迫」という副題が付けられています。
同社の倒産資料を原典とする記録では、1992年に長崎屋との業務提携が解消され、
その後、金融機関からの資金調達が厳しくなったとされています。
支払手形による決済が増え、納入業者による支援も行われました。
※支払手形:商品代金などをその場で現金払いせず、「決められた期日に支払う」と約束して発行する証書。
期日に支払えないと不渡りとなり、資金繰り悪化の重大なサインになります。
そして1993年6月23日、24日に連続不渡りを出し、銀行取引停止となったとされています。
この段階が、一般に「ニコマートが倒産した日」とされています。
日本食糧新聞も、破綻直後の1993年6月30日付で
「ニコマート倒産、多角化が裏目に出て行き詰まる、『継続取引きを』とベンダー会」
と報じています。
記事の見出しからも、当時すでに取引先を巻き込んだ対応が始まっていたことが読み取れます。
ただ、1993年6月に起きたのは、あくまでも本部会社の資金決済が行き詰まった、ということです。
街にあったニコマートがこの日に閉店したわけではありません。
法的な手続きはまだ続きます。
早稲田大学の川辺信雄「日系コンビニエンス・ストアの国際展開」によると、
日本のニコマートは1993年6月に実質的に倒産し、1995年4月に東京地裁から破産宣告を受けたとのことです。
- 1993年に倒産:
会社の経営が立ち行かなくなった状態になった。
連続不渡りを出して銀行取引停止となり、事業を続けるための資金繰りが事実上行き詰まったということ。 - 1995年に破産:
裁判所による法的な破産手続きに入り、東京地方裁判所から破産宣告を受けた。
裁判所の手続きとして会社の財産を整理し、債権者への配当などを進める法的処理をしたということ。
本部破綻後、店舗は一つの会社にまとまらず分かれていった
破綻からほどなく、旧加盟店の再出発を支える動きが始まります。
1993年8月、旧ニコマートの加盟店を支援する形で「コンビニックス」が設立されたことが、
日本食糧新聞にて報じられています。
翌1994年には、コンビニックスが旧ニコマート店舗を「Jマート」に看板変更しました。
ニコマート本部が消えたあと、加盟店の一部が別のチェーンとして営業を続けた例です。
東北では違う動きが進みました。
東北ニコマートはミニストップと提携し、
23店舗すべての看板を「ミニショップ」に切り替えたようです。
さらに、旧ニコマート系統の一部は「ジャストスポット」に移ったとのことです。
別のジャストスポットの系統では、2008年にローソンとの契約が結ばれました。
ローソンの公式発表によると、新鮮組本部が展開していた「新鮮組」と「ジャストスポット」計45店舗を、
同年5月末までをめどに順次ローソンへ変更するとしていました。
※この45店舗すべてが旧ニコマートからの店舗かどうかまでは確認がとれず。
こうして追っていくと、ニコマートの店舗網は地域本部や加盟店ごとに行き先が分かれ、
その先でも再編が続いていることがわかります。
ニコマートが倒産した理由を明確に説明した公式資料は見つからず
旧株式会社ニコマート自身が「当社はこの理由で倒産した」と具体的に発表した資料は、
今回確認した限りでは見つかりませんでした。
ただ、当時の信用調査会社や業界紙による分析は見つかりました。
- 帝国データバンクの1993年の倒産記事:
ニコマートについて「一気に噴き出した急成長の歪み」という観点から分析 - 帝国データバンク情報部『会社はこうして潰れていく』:
長崎屋との業務提携解消後に「資金パイプ」が細り、経営が逼迫したという整理をしている。
CiNii Booksでも、ニコマートの章題としてその記述を確認できる。 - 日本食糧新聞の破綻直後の記事:
「多角化が裏目に出て行き詰まる」と報じた。
上記の資料で確認できた背景をまとめて整理するならば、以下のようになります。
- 急速な事業拡大
- 多角化
- 長崎屋との業務提携解消
- その後の資金調達環境の悪化
- 資金繰りの逼迫
「ニコマート」という名前が消えた正確な日は確認できない
他のコンビニブランドは、比較的消滅した年、日付まで追いかけられたのですが、ニコマートに関してはそこまで確認できませんでした。
本部が破綻した1993年を過ぎ、別ブランドに移った店舗もある中、
ニコマートの名称を残して営業を続けた店舗もあったからです。
ネット上では、福岡市の御島崎店が国内最後のニコマートで、
これは2012年2月に閉店したとする情報がありましたが、公式発表や報道自体は見つからなかったんですよね。
台湾では「福客多」が残り、2007年にファミリーマートへ
実は、日本の本部が破綻したあとも、台湾ではニコマートの系譜が「福客多」として続きました。
そして、この台湾での最後は、日本国内より公式資料がはっきり残っています。
台湾ファミリーマートの公式沿革によると、
2007年に「福客多」の157店舗を買収したと記されています。
日本のファミリーマートも公式沿革の中で、
2007年に台湾コンビニチェーン「ニコマート」を吸収合併したと記載しています。
台湾公平交易委員会の資料にも、両社の結合に関する記録が残っています。
日本では本部倒産後に店舗がいくつもの系統へ分かれましたが、
台湾の系統については、2007年にファミリーマート側へ統合されたという流れです。
現在ある「株式会社ニコマート」は旧チェーンの後継なのか
現在、かつて全国展開していたコンビニチェーンとしてのニコマートが営業していることは確認できません。
一方、経済産業省のGビズインフォには、
兵庫県淡路市に「株式会社ニコマート」という同名法人が現在も掲載されています。
名前だけを見れば、かつてのチェーンとの関係を想像したくなるところですが、
旧株式会社ニコマートを承継したことを示す記載は見当たりませんでした。
旧チェーンの営業権を取得、商標を引き継ぎ、資本関係がある、のいずれかなのか。
それともたまたま同名だっただけなのか。
ここまで詰めて調べることはできませんでした。
「
FAQで要点整理
- ニコマートはなぜなくなったの?
-
全国チェーン本部だった株式会社ニコマートが1993年6月に事実上倒産し、
その後、加盟店や地域本部が別々の運営形態やブランドへ分かれたためです。旧会社が具体的な倒産理由を説明した公式資料は見つかりませんでした。
ただ、当時の二次資料によると、急成長、多角化、長崎屋との提携解消後の資金調達悪化などが背景として取り上げられています。 - ニコマートはいつなくなったの?
-
本部会社は1993年6月に事実上倒産し、1995年4月に東京地裁から破産宣告を受けたとされています。
一方、ニコマート名で営業を続けた店舗もありましたが、
国内のブランドが完全に消えた正確な時期を特定できる一次資料は見つかりません。 - ニコマートは倒産したの?
-
はい。
1993年6月に実質的に倒産し、1995年4月には東京地方裁判所から破産宣告を受けました。
- ニコマートはどこかの会社に買収されたの?
-
ニコマート本体が丸ごと一社に買収され、その会社のブランドへ一斉転換したわけではないようです。
本部破綻後、店舗はJマート、ミニショップ、ジャストスポットなど複数の系統へ分かれています。
- ポプラやローソンはニコマートの後継なの?
-
チェーン全体の後継という意味ではありません。
旧ニコマート系統の一部がジャストスポットなどへ移ったとされ、その後、ポプラによるパスコリテールの買収や、新鮮組本部のジャストスポットを含む店舗のローソン転換がありました。
とはいえ、ポプラやローソンがニコマート全体を引き継いだわけではありません。
- ニコマートの負債は105億円?450億円?
-
帝国データバンク資料を原典とする記録では、1993年の債権者説明会で負債総額は約105億円とされています。
一方、約450億円という数字もネット上では見られます。今回の調査では、450億円が株式会社ニコマート単体の負債なのか、関連会社や保証債務などを含む数字なのか、その定義と原典を確認できませんでした。
- 最後のニコマートは福岡の御島崎店?
-
御島崎店が最後だったとする情報はあります。
ただし、国内最後の店舗だったことや、2012年2月に閉店したという時期を直接裏付ける一次資料は今回確認できませんでした。
- ニコマートは復活している?
-
旧全国コンビニチェーンとしてのニコマートが復活した事実は確認できません。
兵庫県淡路市には現在も同名の株式会社ニコマートがありますが、旧チェーンとの承継関係は確認できていません。
あとがき
当時の新聞記事や信用調査会社の資料から経緯は見えてくるのに、肝心の公式資料が見つからない。
それが今回のニコマートでした。
会社やブランドが姿を消したあと、公式資料があまり残っていないケースもあるのですね。
そもそも発表すらせずに、ひっそりと終わってしまったのかもしれません。
ニコマーズに限らず、こういった事業はたくさんあるのでしょうね……。
出典・参考資料
一次資料
- 台湾公平交易委員会「全家便利商店與福客多便利商店結合案」(2007年)
- 台湾FamilyMart「公司資訊・企業沿革」
- ファミリーマート「台湾ファミリーマート4000店達成のお知らせ」(2022年3月10日)
- ポプラ「沿革」
- ローソン「株式会社新鮮組本部とのメガFC契約締結について」(2008年1月24日)
- 経済産業省 Gビズインフォ「株式会社ニコマート」
二次資料
- 日本食糧新聞「ニコマート倒産、多角化が裏目に出て行き詰まる、『継続取引きを』とベンダー会」(1993年6月30日)
- 日本食糧新聞「菱宏、ニコマート加盟店再出発に際しオーナー会60店を支援 『コンビニックス』設立」(1993年8月13日)
- 日本食糧新聞「コンビニックス、旧ニコマートを『Jマート』に看板変更」
- 日本食糧新聞「東北ニコマート、全店の看板を『ミニショップ』に切替え完了」
- 川辺信雄「日系コンビニエンス・ストアの国際展開」『早稲田商学』409・410合併号(2006年12月)
- 帝国データバンク情報部『会社はこうして潰れていく―平成の企業倒産』(1994年)
- 関幸雄『いま独立するならコンビニ店がいちばんいい―ニコマートで成功した』(1993年)
※旧株式会社ニコマート自身が、倒産理由を具体的に説明した公式発表は、今回確認できた公開資料の範囲では確認できませんでした。
